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大崎市古川地域の名所・旧跡
タイトル「緒絶川・緒絶橋」






 
悲恋の歌枕として『緒絶橋』は多くの和歌に詠まれてきました。


以前の緒絶橋はこの写真のように、皇居の二重橋にあやかったメガネ橋でした。

しかし、幅が狭く川底からの高さも低かったため、洪水時には流木がひっかかって水があふれるなどしたそうです。
そのため1925(大正14)年に橋が掛け替えられ、現在に至ってます(古川市史より)。

緒絶橋の様子、放流されたコイが元気に泳いでいます 2003(平成15)年の頃。

2006(平成18)年3月31日には大崎市合併誕生による住居表示が変わりました。
川をはさんで左手が「大崎市古川七日町」、右手が「古川三日町1丁目」。

緒絶橋から100mほど北に歩いてみましょう。次の写真をご覧下さい。
右手の地番は「古川二ノ構」となって、古川城址・古川第一小学校も間近です。




幼年・少年時代と育ったこの辺りには、懐かしい思い出がたくさんあります。
・・・
三輪車ごと、緒絶川に落ちたこともありました。
川に入ってふな捕りをしたこともありました。

緒絶川、きれいになったなあと思います。
(こちら2003.12.8の河北新報朝刊でも紹介されていましたね)

最近のきれいで風情あるたたずまいは、こよなく愛し努力されている皆様のお力添えの賜物と感じています。
多くの方々に親しまれ、愛され、戻ってきた清流「緒絶川」なのだなと思います。



蔵のある街並みは昔と大きく変わりはありませんが、次のような出来事もありました。


2003(平成15)年7月26日のことでした・・・
宮城県北部(鳴瀬・矢本町境)付近を震源として発生したM6.2(7時13分),M5.5(0時13分)の各地震。
古川市三日町での震度は、0時13分が震度4、7時13分が震度5強でした。
宮城県北部地震の資料はこちらを参照下さい


以前から朽ちて心配していた土蔵でしたが、



壁に亀裂が広がって危険な状態に、


その後、まもなく解体がはじまって



土蔵がひとつ消えました。




1996(平成8)年には市民ギャラリー『緒絶の館』が落成し、
2005(平成17)年6月には食の蔵「醸室(かむろ)」がお目見えしました。

オープン当時の紹介記事です。河北新報2005.5.12

以前とはまた違った風情ある趣が増してきたなあと感じています。

お近くにお立ち寄りの際には、ぜひお訪ねしていただきたい「緒絶川・緒絶橋」

以上、お粗末なドキュメントですが、大崎市古川の名所・史跡の一つ「緒絶川・緒絶橋」を紹介しました。




なお、四季折々の緒絶川を質・量ともに見事にご紹介なさっている
こちら緒絶川今昔サイト
郷愁のあるご縁の方々にはお薦めのサイトです。



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2003(平成15)/11/1 〜


最終更新日
2006(平成18)/04/01

大崎市誕生の翌日です(^_^)

表紙の写真を「ふるかわ夏祭り〜2004(平成16)年8月4日〜のスナップに差し替えました。



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